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「ものづくり」の原点を探る

大和言葉「ものづくり」と 日本人の感性「クオリア」


「ものづくり」という言の葉

私たちが何気なくつかう「ものづくり」という言の葉は、どこからきたのだろう?

一般的に「物作り」と漢字を当てはめずに「ものづくり」として使うのは、漢字が大陸から導入される以前、古より「話し言葉」として私たち日本人が使ってきた、素朴で簡単な言語『大和言葉』だからである。

「つくる」とは、語源的には「ツク(付く)」に、対象の状態を表す自動詞化語尾「ル」がついたもの。つまり「物を付加させていき新たに何かのものにする状態」のことを意味する。

また「つかふ(使う)」「つくろふ(繕う)」も、この「ツク(付く)」から派生した言葉であり、変化する母音に語尾を膠着させて産み出された「膠着語」と呼ばれるものである。

このように『大和言葉』が、目で見て直に体感できる日本人固有の感覚・感性を含めた言語であることを想うとき、「ものづくり」とは、素材を「付け」足してゆき、一つの「もの(物)」にする作業・行程、またその状態を「視覚化した言葉」とも言える。

 

 

手仕事の中に生きる、日本人の感覚・感性「クオリア」

日本人の感性とは、、、四季折々の季節感・風土を通して、永く永く受け継がれてきた独特な感覚である。

知らず知らずのうちに、子供の時から経験し見聞きする事が、いつの間にやら身体に染み渡った美意識である。

近年、便利で速い現代の情報社会によって、こうした美的感覚が表面上どれほど崩されようとも、日本の手仕事による工藝を観るとき、私たちのDNAの中に組み込まれているオリジナルな美的世界観へ、しばしば回帰・再認識させられる。

それは、自分が「日本人である」ということ、、、更なるアイデンティティーの確立であり、深い部分へのアプローチを意味するかもしれない。

月を眺めて感じる、「ものうい」な想い。

桜を愛でて沸き上がる、「晴れやかさ」「華やかさ」。

新緑の季節に「生命の息吹」を捉え、

真っ赤な紅葉の「盛り」に、後の「冬枯れ」を予感する。

そこに存在しながら、実は見えない部分を想像させ、やがて静かな願い・祈りへと繋がってゆく。

手間暇惜しまず、命を吹き込まれた工藝品を見るにつけ、何故か懐かしさ、切なささえ体感する。

「手仕事」の源にあるものは、こうした日本人独特の「主観的体感がともなう質感」『クオリア』を捉える力が作用している。

また、言い換えれば、工藝を産み出す側の『クオリア』が本物であればあるほど、私達観る側の『クオリア』も本物でなければ享受出来ないともいえる。

試されているのは、実は私達、観る側かもしれない。

「手仕事」とは、その『クオリア』を土台にし、自らの「手」により自然の素材から紡ぎだす、繊細で、崇高な仕事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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