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< 慶長・寛文模様 >

< 慶長・寛文模様とは? >

慶長紋様

慶長の世(1596〜1615年)。この僅か19年間の間、桃山時代から続く豪華絢爛な美術・文化が競い合う様に栄えた。「慶長小袖」と呼ばれる、現在の着物の形式「小袖」が完成したのもこの頃である。色彩的にはシックだが、手の込んだ「慶長文様」と呼ばれる金・銀箔、刺繍、絞り染めなどの数々の技法で、生地が見えない程びっしりと埋め尽くされている。絞り染めで円形、方形、三角形、菱形、または不整形に大きく区切り、紅、白、黒、藍に染め分けられ、更に其の中刺繍で草花鳥、器物などの紋様を緻密に配する総模様の『地無し小袖』(じなしもんよう)が特徴である。同時に金箔・銀箔もふんだんに使われ、桃山時代の煌びやかさを映す。関ヶ原の戦いにより長く続いた戦乱の世が終焉し、漸く訪れた平穏な時代を映す、当時の人々の文化意識の高さを感じる。

      

ー 夢雛 『近江の夕暮れ』ー 琵琶湖の夕暮れ時、一日の帳を降ろす穏やかな州浜の雰囲気を「州浜文様」にて表す。

 

 

ー 夢雛『言祝ぎ(KOTOHOGI)』ー 慶長・寛文期に一斉を風靡した「熨斗文様」に松竹梅を重ね、祝いを表す。

 

 

寛文紋様

また寛文の世(1661〜1673年)では更に時代が安定し、色調も明るく、金糸を豊富に使用する華麗なる小袖が考案される。主題のあるはっきりとした大きめの文様が余白を活かして着物面の三分ほど置かれ、肩から右身ごろに流れる大胆な柄行の構図が特徴である。この意表をついた構図が考案されたのにも一つの理由がある。この頃、江戸や京の都で起こった頻度の大火により、多くの衣裳を失った時代でもあった。「早急に豪華な衣裳が欲しい。」という需要に応えるための大胆な空間や余白だったともいえる。しかし理由はそれだけでは無く、当時台頭しつつあった江戸時代の町人文化が興ろうとする時代の飛躍的な時代背景を映した大胆な柄でもあった。力強いその息吹に圧倒され、そして魅了される。

 

ー 寛文夢雛『萩と菱垣』ー  秋の夕暮れ、萩の枝が菱(ひがき)に重なり揺れている雰囲気を表す。

 

 

 

 

 

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